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フラワー&ベーカリーの毎日 レッスンのことなど 


by flower-haru
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2015年 05月 15日 ( 2 )


きっと、私と同じように思っている人がいるはず!

こんな自分でも、手がけた花で喜んでもらえたことで
自分の存在価値がそこにあるように思いました。


再び、自分を正当化しないと気がすまなくなり
今の仕事をやめる理由を探し始めました。


責任がありましたから、体調不良というだけでは
すべてを放り投げて逃げる自分が嫌いになってしまうので
間違ってはいないことを自分に言い聞かせるために
次の行動をする理由がいったんです。



ふと思い浮かんだのは
2年近く通ったフラワーデザイン教室で感じていた違和感。

花が好きな人たちが集まっているはずなのに。。。
花好きな仲間ができると思ったのに、仲良くなれるどころか
会話さえもない、聞こえるのはパチン!とカットするハサミの音だけ。

あんなにこだわっていた「資格」を取るために必要なのは
楽しくない勉強。
試験に受かるためには、周りにいるみんなはライバルということ。

その空間に自分が居るのは、違う。
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違和感は、理屈ではなく体が正直に感じること

自分にとって花は癒される存在。

どうせなら、
楽しく会話をして、花が大好きなみんなが集える場を作りたい!
花が大好きな人と一緒に楽しく過ごせる環境が作りたい!


自分が作らなくちゃ!!

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突き動かされるような、使命のようなものを覚えました。

理由ができたんです。

わくわくしました。
夢は膨らみました。
お世話になっていた以前の職場の社長に相談したところ

「やりたいと思っているなら一日も早くしたほうがいい。」
「自分のところで育てた弟子が独立するのは自慢になる応援するぞ」

ばっちり背中を押してもらいました。


思い切って退職したものの
両親にとってみれば、年頃の娘が結婚もしないで
独立を夢見ている。

また、すぐ諦めてほかのことをするに違いない。
そう思っていたでしょう。


当時両親と暮らしていたのは市内から離れた
海沿いの田舎。


こんな場所では、教室を開こうにも人も集まらない。
地元の公民館で教室を開いてみても、ひとりも申し込みはありませんでした。


自分のセンス、自分という存在を知ってもらわなくては
何も始まらない。


市内で、看板を立てるような程度のもので構わない
教室ができる場所を探そう。


何店舗かテナントを探しました。
もちろん、自信がないので
大通りに面した場所ではなく、細い路地でひっそり・・・(笑)


諦めるどころか
見つかっちゃったんです。夢を叶える場所を!
駅南のアパートの1Fで

フラワーアレンジメント教室併設のフラワーショップ
フラワー工房HaRu OPEN!!

2000年
28歳の春でした。

当時は「こんな時期に始めるとはバカか、よほどのやり手か・・・」
そんなことも言われました(笑)

チャレンジショップや新規開業支援など、当時はないに等しく
お金もなければ、信用も経験もない!

でも、度胸とやる気と時間だけはありました。

現在のような、SNSや当たり前のようにあるHPもなく
ブログ、FBなどもなかったので、資金のない私には広告宣伝は紙媒体のみ。


自分でパソコンで作っては手配りしていました。


はじめてのお店は、ドイツで見た街並み、建物の色、質感すべてが忘れられない光景だったヨーロッパの風景。
外観はクリーム色の外壁とモスグリーンのテントでした。


たった一人の生徒さんからスタートしたフラワーアレンジメント教室には、もう10年以上も通いつづけて
くださっている生徒さんもいて、私の大切な宝物です。


当時は、空前の癒しブームの到来


ポツポツと、きてくださるお客様も増え始め
喜んでもらえるのがうれしくて
ひとりひとりのご要望を聞いては品揃え。赤も青も黄色も・・・
骨董品やアンティーク、苔玉にサボテン、ガーデニングから
お葬式の花まで・・・


気がつけば、アジアから見た憧れのヨーロッパ!
外観からは程遠い和風にアジアンの多国籍のお店になっていました。


それでもアレンジメントの生徒さんはどんどん増え
あの狭いお店に
一番多い時期では、120名もの生徒さんが毎月来ていたんです!


この頃、本当に雑誌やメディアにも取り上げられました。
取材の依頼が多かったなぁ、なんで?どこがよかったんだろうって思います。

希望通りのことをできていたんだろうか

本当にやりたいことができてるのかな・・・


自分の色ってなんだろう。
HaRuらしさってなんだろう。


わからなくなっていました。


誰かの言いなり?みんなに好かれようといい顔している自分
100人いたら100人に気にいられたいという自分がいました。



オープンから3年目の春。運命の歯車は大きく回り始めます。


ウエディングフラワーの仕事が舞い込んできました。
その当時、県内一番の婚礼件数を誇る式場からの依頼でした。

キターーーーーーーー!


「本当にやりたかったことが叶った!!!」


スタッフ二人で抱き合って喜んだのを今でも昨日のことのように覚えています。


でも、飛び込んではみたものの知識が中途半端だった私は、すぐに不安になりました。


勉強しなくちゃ!!!





by flower-haru | 2015-05-15 16:17 | 夢が叶う仕事術
フラワーショップを担当しています 兒嶋 陽子(コジマヨウコ)です。
今年で15周年を迎えました!

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小さな花店を営む私ですが、微力でも参考にしてもらえたら、との思いで
花の仕事にかかわらず仕事について、見逃してはならない
転機やターニングポイントについて少しづつお話をしてみたいと思います。

長文なので興味の無い方はスルーしてくださいね!

なんの取り柄もなく、自己評価の低い自分。
高卒で就いた仕事も5ヶ月で根を上げ、その後はフラフラと定職にもつかない毎日。

10代最後の年に、フラワーショップでのアルバイトがきっかけでこの世界に
足を踏み入れました。未経験でど素人。若さと勢いだけで生きていたようなものです。

その頃の私といえば
飽き性、すぐ諦める、嫌なことは後回し、楽なことにしか興味なしの
最低な自分が大嫌いでした。
案の定、続くわけもなく1年も経たないうちに辞めてしまいます。

何もしていない自分が家に居ることの罪悪感からいたたまれなくなり
興味と度胸試しに神戸へ飛び出します。

ここでも日雇いのバイトや楽に稼げる仕事を選んで
フラフラしていました。

父親からの電話で「世間に恥ずかしくない生き方をしなさい」

一度も叱られた経験のない私は
この言葉で目が覚めます。
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だれかのひとことで変われる自分を受け入れましょう。

「1年だけこの神戸で頑張ってみたい」
そう、父親に宣言した私はそく、行動に出ます。

住んでいた場所からそんなに遠くはなかった花店へ飛び込みました。

「花の仕事の経験があります!」
またまたここでも飛び込む勇気と度胸だけは持ち合わせていたようです(笑)

飛び込んだものの
素人の私に任せられる仕事もなければ
役に立たないと捨て台詞をはかれる始末。

いじける、泣く、落ち込む。

でも、ここからがV字

くやしい!という気持ちがふつふつと湧いてきて
勉強して、役に立つ人材になってみせる!!!
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今までとは違う感情が溢れてきたのです。

週1日だけの休日は、国内外の有名デザイナーさんのデモの見学に
明け暮れテキスト本を読みあさる日々。

そして、店長を任せられるまでを経験。

正直、週1日の休みに1日10時間の勤務は辛かった。
一人で帰っても真っ暗な家。
寂しくて電話をかけると

「もう戻ってきてほしい」
確執のあった母から優しく言われました。

満足・・・燃え尽きて翌年、震災前に再び鳥取へもどります。

図々しく、以前働いていた店へ出戻りました。
社長には感謝していますし、頭も上がりません(笑)
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これというものを掴んだら離さない!
よい図々しさはどんどん表に出しましょう。

少しは役に立てるようになったかもしれない自分のことを
ほんの少し好きになっていました。

「大人になって帰ってきたね」
笑顔で迎えてくれた奥さんにも感謝しています。

感謝の気持ちを返すには、仕事で返すこと。
誰よりも陰日向なく働きました。
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もっとこの世界で活躍したい

そんな気持ちも生まれ始めていました。
もう、役にたたないおねえちゃんにはなりたくはありませんでした。

読んでいた雑誌にでていた有名デザイナーから学ぶドイツ・フランス勉強の旅
の文字。

そく申し込み。

お金はなんとかなる!

チャンスや機会は巡り合わせ。
お金がないから、お金が貯まってから・・・
またの機会に・・・

それ、
またはないかもしれませんよ(笑)

お店に籍を置いたまま、ドイツ&フランスへ単身で
飛び立った怖いもの知らずです。

その後も仕事をしながら平行してフラワーデザインを猛勉強。
この頃、国家資格の装飾技能士を取得。コンテストや大会に出場するも
ささやかな賞どまり。
フラワーデザイナー資格も勉強するも落第を経験。
その頃ガーデンウエディング・オリジナルウエディング時代の到来です。

フラワーデザインで芽が出ないと思うが早いか、早々に路線を変更します。
オリジナルウエディング・ハウスウエディング・邸宅ウエディングがこの鳥取でも
流行り始め、素敵な式場が立ち上がります。
ブライダルに興味を持ちその気持ちを抑えきれず、飛び込みでウエディングプランナーへ転身。
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今!と、思ったらすぐ行動!なりふり構わず飛び込もう!
また今度、今は自信がないから自信と経験を積んでから・・・では

つかみ損ねます。絶対に!(笑)

あんなに花にどっぷりだった自分があっさり違う世界に入ったのも
なにかに導かれた?とまでは言いませんが
行きたい方へ生きたい方へ
進むのは簡単です。


ここからしばらく
ブライダルの世界にひたひたにつかります。

ここでも順調ではありません。
ブライダルの知識も持ち合わせていませんので
やはり役に立つ人材のわけがありません。

給料泥棒、役たたず、品が無い、礼儀を知らない・・・

メッタ打ちです(笑)

ただただ救いだったのは、私の担当させてもらった新郎新婦に

「ありがとう」と言ってもらえたこと。

それだけが間違っていなかったという証。どんなことも頑張れる自分に
なれた。

そこから、またまた猛勉強。
ブライダル関連の雑誌を読み、マナーの勉強をし立ち振る舞い
挨拶の仕方、冠婚葬祭・・・頭に叩き込みました。


何組か担当を持つようになってから1年経った頃
体調に異変が現れ始めたのです。

目が回る。
吐き気に襲われる。
食欲減退。
眠れない。
朝起きれない。
涙が止まらない。

精神的に限界が来ていたようです。

いつでも笑顔で、明るく
人のために誠心誠意尽くすこと。

休日は、泥のように眠る日々が続きます。
仕事へはムチを打って笑顔でがんばりました。

はじめて自分のことではない
人のために、無理をしてでも100%以上に努力をし
失敗は許されない

緊張が続く毎日に疲れてしまっていました。

そんな自分を癒してくれたのは

「花」でした。

職場の上司が、せっかくできる技術なんだから活かさないと
もったいないと
ブーケや小さな宴会の装花をまかせてくれるよう手配してくれました。


花への情熱が再燃。

自分らしくいられるのはこの仕事なのかも・・・

また、花の世界に戻りたい。
そう思ったらいてもたってもいられない自分がいました。

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by flower-haru | 2015-05-15 15:21 | 夢が叶う仕事術